古い民家を直して使い続ける――その根元の意味を問う
ー月刊 不動産流通 2006年6月号より抜粋ー
わが国伝統の民家が今脚光を浴びている。京町家がブームだ。古い家屋に高値が付き、レトロな店舗やモダンなレストランに変わる。都会を後に茅葺き農家に移り住む、田舎暮らしも人気が高い。
明治以降とくに大戦後、日本は旧い遺産をひたすら打ち壊してきたのに、何故今、暗くて寒い不便な民家に価値を認めるようになったのか。私の解釈はこうである。
■民家は環境共生・資源循環地域社会のインフラ
日本の伝統民家は世界最高水準のエコロジー建築だ。木や竹、土や石など地場産の植物や鉱物の素材で造る。鉱物資源は大地の産。植物資源も大地の恵み、太陽エネルギーだけで生育し供給される。架構は組立式でいつでも解体可能、材料は何度でも使い回す。木は腐らせぬよう現しで使い、風通しを図って囲い込まない。腐るところは見込んでおいて、点検と交換が容易な工法を工夫し、そこだけを新材に替える。代表が柱の根継ぎだ。
他の植物材料とは異なり、生育に数十年も掛かる木はこうして長寿命に使い続けるが、役目を終えたら燃料になった。灰も多目的に使われたが、最後はカリ肥料として大地に還る。かくして、民家は環境共生・資源循環の地域社会を形成する大事なインフラだった。
自然の光や熱、空気の流れを巧みに取り込み、程良く阻んだ民家は、洗練されて美しい建築空間を生み出した。竃の火炎を囲み込む土間の火袋や屋上の煙出し、座敷と庭との緩衝空間になる雪国の「土縁」や沖縄の「雨端」など、枚挙に暇がない。民家はまた、素材と形態を揃えながら個性ある建物を連続させて、地域固有の美しい街並みや農村集落の風景を創ってきた。そこには、高度にエコロジーな暮らしと自然に向き合う仕事の場が同居していた。
民家の多くは、名も無き職人のものづくりへの拘りと彼らの技が生み出したものだ。それらは、日本の伝統文化を創り支えてきた大きな源でもあった。職人たちは当たり前のように、わが腕を世のため人のために役立てるという職人気質、高い倫理観と強い使命感で民家を造り、維持管理を担ってきた。
今、少なからぬ日本人がこうした民家の本質に、その大事さに気づき始めたのではないか。「民家を見直す」はまだ表層のブームに見えるかも知れないが、いずれは家づくりの主要な本流の一つになる、いや育てねばならないと私は思う。
■伝統的な木造構法が復権する兆し
なぜなら、民家を創る伝統的な木造構法に注目する人たちが、造り手のプロや住まいを求めるユーザーの中に、着実に増えているからだ。
住宅建設の潮流に目を転じると、各地の自治体で支援制度が立ち上がり、俄に注目を浴び始めたのが「近くの山の木で家をつくる―地域の木材を活用した家づくり」である。そこでは、伝統民家の地域生産的システムに学び、顔の見える関係で小さなネットワークを組む。そして民家の構法を再評価して取り込もうとする家づくりが盛んなのだ。
一連の取り組みは現代に新たな民家を創出する試みとも言える。日本の山の木を使い、資金を森に還流させて林業を支え、列島の緑を守るという環境保全の動きも追い風になっている。
こうした動向を背景に、国も重い腰を上げざるを得なくなった。伝統的な木造構法を捨て
否定し続けてきた国の法体系の中に、この構法が復権する兆しが生まれてきた。伝統構法の構造要素、土壁や板壁が水平耐力要素に、土壁や木造現しの軒裏が工夫をすれば防火の構造として認められた。性能設計法の枠組みの中で、金物を使わない伝統的な接合部を持つ木組みを礎石の上に載せるだけの家が、建築確認を通ってもいる。
稀な大地震に対して、壊れるのはやむなしと受け止め、修復を容易にしつつ、粘りが身上の構造体を創る伝統民家の構法。今の世にも正当に認知され、誰もが建設できる日が来て欲しい。
■住宅流通業界への期待
民家を創ってきた構法の根元がお分かりいただけたであろうか。それは、人の営みは自然の猛威には克てないとしながら、自然の恵みを感謝し享受して、自然との共存に徹する自然観なのだ。
こうした自然観を受け継ぎながら、古い民家を直して使う、同じ思想で新たな民家を創る真っ当な意味はどこにあるのか。そこには現代の便利・快適の生活をそのまま持ち込むべきではあるまい。「もったいない」の大事さに気づき、日本人本来の簡素な暮らしの価値観を取り戻すのが相応しい。自然と向き合いながら働く場と暮らしの場が、そこで併存出来るなら、さらに望ましい。
これからは企業と構成員も循環型社会をめざさねばならない時代になった。民家の真髄に学んで、新たな暮らしと仕事の価値観を主導し広めていく―住宅流通業界の企業にも、先駆けの取り組みを期待出来ないであろうか。かつての職人たちが当たり前に弁えていた職業観に学ぶなら、それは地域社会に貢献する先見性ある企業倫理だと思うのだが。
鈴木 有 Tamotsu Suzuki
金沢工業大学・秋田県立大学 名誉教授
1938年滋賀県生まれ。63年京都大学大学院修士課程修了。京都大学防災研究助手を経て、76年金沢工業大学教授、82年同大学地域計画研究所所長、97年(現)秋田県立大学木材高度加工研究所教授、2004年退職。以後、「木の住まい考房」を主宰。この間京都大学防災研究所、金沢大学大学院、福井大学地域共同研究センターなどの客員教授を兼務。工学博士、一級建築士。専門は木質構造学・耐震工学・地域防災学。著書(共著)に、「木質構造」(海青社)、「コンサイス木材百科」(秋田木材通信社)、「地震に強い木造住宅パーフェクトマニュアル」(エクスナレッジ)など多数。
都市 再生と創造性
ー日本経済新聞 2007年7月26日付ー
英国を中心に活躍する都市研究者、C・ランドリーの著書『創造的都市』は、いかに新しい都市の発展の方向を見いだすかという問題意識で書かれている。というのも、欧州において従来の福祉国家体制が破綻し、産業空洞化が進んだからである。
同書は欧州連合(EU)が1985年から進めた文化の相互理解とともに、文化を生かした都市づくりを目指す「欧州文化首都」の成功事例を分析しつつ、芸術文化の創造力を生かし、社会の潜在力を引き出そうとする試みを創造都市論として理論化したものである。文化首都では年間を通じ、コンサートなどの芸術行事を実施する。ランドリーは自らの経験から「芸術文化のもつ創造性」に着目した理由をあげている。
第一に、脱工業化都市においてマルチメディアや映像・映画などの創造産業が製造業に代わって成長性や雇用面での効果を持つとしている。
第二に、芸術文化が都市住民に対し創造的アイデアを刺激するなどの影響を与えるとしている。「都市の創造性にとって大切なのは、経済、文化、組織、金融のあらゆる分野における創造的問題解決とその連鎖反応が次々と起きて既存のシステムを変化させるダミナミズムである」と述べている。
第三に、文化遺産と歴史的伝統が人々に都市の歴史や記憶を呼び覚まし、都市のアイデンティティーを確固たるものとし、未来への洞察力を高めるともいっている。
「創造」とは単に新しい発明の連続だけではない。適切な「過去との対話」によって成し遂げられるので、「伝統」と「創造」は相互に影響し合うプロセスである。それゆえ第四に、地球環境との調和をはかる「維持可能な都市」を創造するために文化の果たす役割も期待されるのである。
ランドリーはボローニャなどとともに、2000年の文化首都に選ばれたヘルシンキを注目される都市として取り上げている。ヘルシンキは固有の自然環境や文化的伝統の上に立ち、「光」をテーマにユニークな都市再生戦略を進めた。そして、創造都市への成功を導いたのである。
(大阪市立大都市研究プラザ)
年 | 2001年以降の欧州文化首都 |
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2001 | ロッテルダム(オランダ)、ポルト(ポルトガル) |
2002 | サラマンカ(スペイン)、ブルージュ(ベルギー) |
2003 | グラーツ(オーストリア) |
2004 | リール(フランス)、ジェノバ(イタリア) |
2005 | コーク(アイルランド) |
2006 | パトラス(ギリシャ) |
2007 | ルクセンブルグ、シビウ(ルーマニア) |
2008 | リバプール(イギリス) |
(注)1985年以降、指定している